motowakaの備忘録

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五島健三のスケッチブックについて

なかなか書けなかったんですが、五島健三のスケッチブックは実に興味深いものです。少し画像を交えてご紹介してみます。


これらは五島が鹿児島師範学校の宿直室で描いたもののようです。野菜を描いた作品には「昭和三年四月十九日」と日付が見えます。春蘭を描いた作品には「4.20」、テーブルといすを描いた作品には、「4.17 宿直」という文字が見えます。生涯独身だった五島は、自分から宿直を買って出るような人だったというエピソードを思い出しました。春蘭を描いた作品は、昨年巌浄閣(福野高校)で開催された展覧会に出品された油彩画と同じモチーフを描いたものと思われます。(→ 五島健三の略歴

五島健三「春蘭と玉ねぎ」昭和3年



これは旅路で描いたものかとも思われますが、下のほうの切れ方が不思議で、もしかしたらこういう構図で描いた油絵があったのかもしれません。

男の一人暮らしの生活感が出ていますね。

生活感ついでに。スケッチは子守をする子どもたちの群像ですが、文字を見ると、

シキフ。1
着物。1
股引。1
シャツ。1

お洗濯メモでしょうか?実はスケッチブックのあちこちにこうした書き込みがあります。
もちろん、そういうのばかりではありません。

有名なゴッホの作品、『アルルの黄色い家』を模写したもののようです。「模 5.26」と書かれています。

上がセザンヌのサン・ヴィクトワール山、下がゴッホですね。(「ゴッホ」というのは発音が難しいらしく、日本語のカタカナ表記がゴッホで定着するまでに、いろんなカタカナがあてられていました。ここでは「ゴーグ」と書かれています。)
これらは当時の美術雑誌に載っていた図版を模写したものではないかと思っています。興味深いのは、文展、帝展に出品していた彼が、(しかも遠く中央を離れていながら)これら後期印象派*1)の作家たちの作品に強い関心を持っていたということでしょうか。昭和初期ですから、時代的に決して早くはないんですが、懸命に新しい美術の動向を追い求めていた様子がうかがわれるのではないかと思います。

しばしば、このように関心を持った記事そのものを書き写している箇所もあります。このスケッチブックで特に目に付いたのは、西欧の巨匠たちのパレットにどのような絵具が並んでいたか、ということを書き写したものが多かったことでしょうか。(ここでは「回想のセザンヌ」を書き写しています。)印象派の影響を受けた画家たちのパレットには“黒”がないんですね。その中で黒を復活させたのはルノアールですが、五島はそのパレットの色のこともメモしています。
五島の初期作品(文展に初入選した『易者』など)の色調は暗いのですが、鹿児島時代に驚くほど明るくなっています。
五島健三「花」昭和2年

*1:先日、T新聞の記者さんにもちゃんと「後期印象派」と言ったんですが、記事になったのを見てみたら「印象派」になってしまっていて、がっくりしました。