motowakaの備忘録

毎度ご無沙汰いたしております

「これからの美術館は、“社会教育”なんて言ってたらダメなんだよ」?

今日はちょっと頭の痛いことを言ってる人がいたので、それはないなと思ったことを自分なりに整理しておくためにメモ。

偉い人曰く「これからの美術館は、“社会教育”なんて言ってたらダメなんだよ。」

まあ、おっしゃりたいことは地域の振興とか、そういう面で貢献していかないと、美術館は社会から必要とされなくなるということで、最近よく聞く言説ではある。それは分かる。でも細かいところだが、こういう発言をする場合は注意深く言わねばならない。
「そういう面で貢献していかないと」ではなく、「そういう面でも貢献していかないと」である。
「“社会教育”なんて言ってたらダメ」ではなく、せめて「“社会教育”なんて言ってるだけではダメ」でなくてはならないはずだ。
小さな違いのようだが、これは大事なことだ。

公立美術館が拠って立つ法的根拠は、言うまでもなく「博物館法」だ。その第一条は以下の通り。

第一条  この法律は、社会教育法 (昭和二十四年法律第二百七号)の精神に基き、博物館の設置及び運営に関して必要な事項を定め、その健全な発達を図り、もつて国民の教育、学術及び文化の発展に寄与することを目的とする。

社会教育法の精神に基づいて設置運営されないものは、「美術館」と称すべきではない。その目的は「国民の教育、学術及び文化の発展に寄与すること」以外の何物でもない。
それ以外に公益にかなうことを目指すのは大いにけっこうだと思うが、社会教育として教育、学術及び文化の発展に寄与することは、ここだけは外してはならない最低必要条件だ。

この博物館法を前提として富山県が定めている「富山県立近代美術館条例」にも以下の通り書かれている。

第2条 県民の美術に関する知識の普及及び教養の向上に資するため、富山県立近代美術館(以下「美術館」という。)を設置する。

まず「県民の美術に関する知識の普及及び教養の向上に資する」ことが第一目的であって、その他のことはそれを果たしたうえで、さらに考えるべきことだと整理しておかないと、根本を見失う。

社会教育法は「社会教育に関する国及び地方公共団体の任務を明らかにすることを目的とする」法律であり、そこにはこう書かれている。

第三条  国及び地方公共団体は、この法律及び他の法令の定めるところにより、社会教育の奨励に必要な施設の設置及び運営、集会の開催、資料の作製、頒布その他の方法により、すべての国民があらゆる機会、あらゆる場所を利用して、自ら実際生活に即する文化的教養を高め得るような環境を醸成するように努めなければならない。

こういうことを言うと「官僚的だ」と煙たがられるのだが、法律や条例は他の何よりも、国や県が、その国民や県民との間に明確に結んだ約束であるはずだ。

こんな面倒くさい(それに法治国家にあっては当たり前の)ことは私だってくどくどと言いたくはないのだが、ときどき振りかえっておかないと、どさくさ紛れにないがしろにされるのが、昨今の風潮のようである。

富山県立近代美術館が今度移転する富岩運河環水公園は、いわば富山のニューフロンティアであって、これから発展していくことが期待されている地域だ。ここへの移転が決まって以来、少しアンテナを立てるようにしているが、さまざまな事業主体による多様なイベントが年間を通じて数多く取り組まれていて、こういったものへも積極的に関わっていかねばならないだろうと思っている。*1

こんなものは学芸員の仕事ではないなどという気はまったくない。だが、たぶんこれらにドンドン首を突っ込んでいけば、学芸員の仕事どころではなくなることも容易に想像がつく。だから、どういう意味でそこに関わっていくのか明快に意識することこそが、嫌々ではなく、積極的に取り組む結果にもつながるだろう。
目的は明らかだ。「すべての国民があらゆる機会、あらゆる場所を利用して、自ら実際生活に即する文化的教養を高め得るような環境を醸成する」ことも社会教育施設の重要な任務なのだから。
つまり地域への貢献は、社会教育の中にはじめから想定されていることであり、「社会教育の奨励に必要な施設」としてやるべきことを優先して取り組むつもりだ。そして、そんなことは言われなくてもやるつもりで、とっくに覚悟を固めている。(悩みがあるとすれば、同僚の中で誰がこういうことに付き合ってくれるかだが。)

社会教育はすぐには成果が表れにくく、分かりにくい価値だ。それよりも、観光その他の面で地域に貢献していくことは成果が目立つ分かりやすい価値だ。しかし、だからこそ社会教育の一見では分かりにくい価値を、繰り返し、根気強く語りかけていくことは、この分野を担当するものとして絶えず心がけていかなければいけないはずだ。

自戒を込めて書き留めておくことにする。